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大分地方裁判所 昭和28年(ワ)277号 判決 1957年2月08日

原告 赤座次彦

被告 入江ジツ

主文

別府市大字別府字境下一、三〇九番地の四鉱泉地一坪の温泉権四分の一の持分を原告が有することを確認する。

被告は原告が右鉱泉地から第一項記載の持分に相当する温泉を別府市大字別府字境下一、二九〇番地の一の宅地へ引湯使用することを妨害してはならない。

被告は原告が右温泉権行使のため第一項の鉱泉地一坪内に設置しある設備の修繕清掃等の必要上同地内に立入り、その工事をなし又は第三者をしてこれをなさしめることを拒んではならない。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「別府市大字別府字境下一、三〇九番地の四鉱泉地一坪の温泉権の四分の一の持分を原告が有することを確認する、被告は原告が右鉱泉地から別府市大字別府字境下一、二九〇番地の一の宅地内に右温泉を引湯使用することを妨害してはならない、被告は原告が右温泉権行使のため第一項の鉱泉地一坪内に設置しある設備の修繕清掃等の必要上同地内に立入り、その工事をなし、又は第三者をしてこれをなさしめることを拒んではならない、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め。

その請求の原因として、

一、別府市大字別府字境下東雲通二丁目一、三〇九番の一宅地五百一坪三合は訴外野田幹雄の所有であるところ、昭和六年九月中、同人よりこれを訴外太田紹緒が賃借し、右太田紹緒は同地上に家屋を建築するとともに右野田幹雄の承諾を得て右宅地中の一坪につき所管庁の許可を受けた上、本件温泉を掘さくし、右温泉権を取得した、そして同年十一月十一日右宅地五百一坪三合は、そのうち一坪が分筆されて鉱泉地に地目変換され、同鉱泉地の地番は同番の四となつた。

二、ところで右太田紹緒は右温泉権を取得すると同時にその四分の一の持分を自己に残してその余の四分の一宛の持分を訴外富士見町共同浴場(東雲共同浴場とも称する)と、訴外田川治吉郎に、更にその後昭和十年一月三十日その四分の一の持分を訴外加藤嘉幸にそれぞれ譲渡した。

三、その後右太田紹緒は、昭和十二年五月十三日に、同人所有の第一項記載の家屋とともに、本件温泉権四分の一の持分を被告先代入江順太郎に譲渡し、同人の死亡により昭和十六年十二月六日被告がこれを相続して右四分の一の持分権者となつた。

四、そして前記訴外加藤嘉幸は、右譲渡を受けた本件温泉権四分の一の持分を昭和十六年二月十九日訴外松村セツに、同人はこれを更に訴外戸畑市信用金庫に順次譲渡した。

五、前記田川治吉郎は右譲渡を受けた本件温泉権四分の一の持分を昭和十五年十一月一日訴外武田茂勇に、同人は昭和十七年四月十三日訴外上条桂次郎に順次譲渡し、同人の死亡により同人の相続人上条ミヨが昭和二十七年十二月八日外十一名とともに右上条桂次郎の共同相続人となり、その遺産分割の結果右上条ミヨが本件温泉権四分の一の持分を取得し、更に右上条ミヨは昭和二十八年六月十三日原告にこれを譲渡した。

六、しかして以上の各持分権者は従来より本件鉱泉地より湧出する温泉をその四分の一宛引湯して使用し来つたものであつて原告の前主前記田川治吉郎は前記太田紹緒から本件温泉権四分の一の持分を譲受けた当時から右太田紹緒の住所である別府市大字別府字境下東雲通り二丁目一、三〇九番地の一の宅地を通過して、同所より三間の道路を距つた別府市大字別府字境下一、二九〇番地の一の宅地内の家屋(原告の現住所)に引湯し、爾来同人より第五項記載の各持分権者を経て原告の所有になるまで右の如き状況で引湯していたものである、しかして本件鉱泉地に課せられた税金は従来より、これを四等分し、その一宛を本件温泉権者四人において納入し来つたものである。

七、仮に原告が本件温泉権四分の一の持分の譲渡を受けたものでないとしても、右鉱泉地における湧出口は前記の如く被告の居住地である別府市大字別府字境下東雲通り二丁目一、三〇九番地の一宅地内にあるか、前記太田紹緒は本件温泉を掘さくした昭和六年九月一日当時より温泉の流出口を四等分し前記田川治吉郎にその湧出する温泉の四分の一を分湯し、同人はこれを右湯口より二十間を距つた前記の同人宅に右温泉を引湯していたもので、同人より前記武田茂勇、上条桂次郎、上条ミヨを経て同人より昭和二十八年六月十二日原告が引湯するにいたるまで順次右引湯の状態を継続して来たものであり、被告は右引湯の状況及使用の状態を十分に知つて居り且被告と右田川治吉郎等間に右引湯についてかつて何等の紛争を生ずることなく経過して来つたものであるから、右田川治吉郎以降原告にいたるまでいづれも右温泉を使用しこれより引湯するにつき自己のためにする意思をもつて右温泉を平穏且公然に占有し、その占有の始め、善意で無過失であるから前記昭和六年九月一日より起算して十年を経過した、昭和十六年九月一日の経過とともに時効により原告の前主である前記武田茂勇は本件温泉権四分の一の持分を取得した。

仮に右占有がその始め善意でなく、過失ありとしても前記昭和六年九月一日より起算して、二十年を経過した昭和二十六年九月一日の経過とともに時効により原告の前主である前記上条桂次郎は本件温泉権四分の一の持分を取得した、

従つて原告は本件温泉権四分の一の持分を右武田茂勇から上条桂次郎、上条ミヨを経て譲渡を受け又は右上条桂次郎の取得した後上条ミヨを経て譲渡を受けている。

八、しかるに被告は原告の右持分を否認し、本件温泉湧出口の四等分された一つである原告方への流出口を閉塞し、原告方への引湯使用を妨げるので、ここに被告に対し、原告が本件温泉権四分の一の持分を有することの確認を求め旦被告は原告が右温泉より、その湧出する温泉を別府市大字別府字境下一、二九〇番地の一の原告方へ引湯することを妨害してはならない、又原告が本件鉱泉地内に設置してある湧出口の設備の修繕清掃のため右鉱泉地内に立入り工事をなし、又は第三者をしてこれをなさしめることを拒んではならないとの判決を求めるため本訴に及んだ。

被告の抗弁に対する答弁並主張

九、本件温泉所有者の温泉台帳上の登録名義が被告主張の如く訴外太田紹緒より入江順太郎を経て現に被告名義となつていることは認めるけれども、元来温泉の登録制度は衛生風紀等の行政取締の見地から設けられたものであり、不動産登記法における不動産上の権利の登記とは異り、右登録は第三者に対する対抗要件ではない、もとより保健所備付の温泉台帳に登録することにより、その登録名義人は一応温泉権利者なりとの推定を受けるかも知れないが、右登録を欠いたからとて、真の温泉権者であるならば、その温泉権を以て第三者に対抗出来るものである。

十、仮に右主張が理由がないとしても、被告先代入江順太郎は前記の如く訴外太田紹緒より本件温泉権四分の一の持分を譲受けたに過ぎないのであるから同人の相続人である被告も右四分の一の持分を有するに過ぎない、従つて右入江順太郎及被告について本件温泉権全部の権利者である如き前記登録はその四分の一の持分を超えた四分の三の持分については何等の効力を有しないものである、しからば被告は原告に対して右超過部分の温泉権を主張できないものである。

十一、仮に右の主張がいれられないとしても前記太田紹緒は本件温泉の掘さくについて許可を受くる際無料公開の公衆浴場を設置するため、それを条件として許可されたものであるから本件温泉の登録名義人は元来右公衆浴場か、又はその代表者でなければならないものである、しかるに右浴場とは何等関係のない、前記太田紹緒が、その権利者なりとして登録された本件温泉の右登録は当初より無効のものである、従つてその承継人である被告先代及被告の本件温泉の登録も亦無効である。

十二、仮に以上が理由がないとしても、被告先代入江順太郎及被告は本件温泉権を取得した前記昭和十二年五月十三日以降昭和二十八年六月十三日まで十六年間の永きにわたり本件温泉を前記東雲浴場、加藤嘉幸、及その承継人、並田川治吉郎及その承継人等に引湯を許容して使用せしめ置きながら、今更右田川治吉郎の承継人である原告に対し、原告が本件温泉権の登録名義をもたないからとの理由で、原告が本件温泉より引湯することを拒むことは権利の濫用であり、信義則に反するものである、従つて被告か原告の右登録の欠缺を主張して原告の引湯を拒むことは違法である。

と述べ、

立証として、甲第一乃至第十四号証(うち第八号証は一乃至三、第十二号証は一、二)を提出し、証人松村セツ、同牧勝、同吉松一二、同道吉源三郎の証言を援用し、鑑定の結果及検証の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

答弁として、原告主張の請求原因中

一、第一項は認める、

第三項中、被告先代入江順太郎が原告主張の日訴外太田紹緒より本件温泉の譲渡を受けたことは認めるけれども、それは本件温泉権四分の一の持分ではない、本件温泉権全部の譲渡を受けたものである、従つて原告主張の如く被告が相続により右入江順太郎より承継取得したのは本件温泉権全部である、しかして、本件温泉の温泉台帳上の登録は初め右太田紹緒になされ、同人より昭和十二年五月十三日被告先代入江順太郎に変更され、更に昭和十六年十二月八日同人より相続により被告に変更されているものである。しかして本件鉱泉地及本件温泉権に課せられる税金は従来よりすべて被告において支払つている。

第五項中、原告主張の別府市大字別府字境下一、二九〇番地の一宅地内所在の原告家屋へ本件温泉より引湯していたところ右引湯を被告が閉塞したことは認めるけれども、右引湯は原告が被告に対抗し得る権利に基いてなされているものではなく、単に被告の好意により、被告が原告の右引湯を容認しているに過ぎない、又原告主張の訴外田川治吉郎においても本件温泉権について被告に対抗し得る何等の権利をも持つていなかつたものであるから同人より順次前記訴外人等及び原告にいたるまで本件温泉権の持分の譲渡行為が仮に外形的に存したとしても右譲渡行為は被告に対して何等の効力を存しないものである、

原告の請求原因中その余の事実は否認する。

二、仮に原告がその主張の如き譲渡行為により本件温泉の温泉権を取得したとしても、原告主張の温泉権は原告の右譲渡人に対する債権であるに過ぎない。且その登録も受けていないからいづれの理由からしても右温泉権をもつて被告に対抗し得ないものである。

と述べ甲号証中第四、第六、第十一乃至第十四号証の成立を認めその余は不知と答えた。

当裁判所は職権で原告、被告各本人を尋問した。

理由

一、別府市大字別府字境下東雲通り二丁目一、三〇九番地の一宅地五百一坪三合は訴外野田幹雄の所有であるところ、これを訴外太田紹緒が賃借し、右太田は同地上に家屋を建築するとともに右野田幹雄の承諾を得て右宅地中の一坪につき所管庁の許可を受けた上、本件温泉を掘さくし、右温泉の温泉権を取得したこと、そして同年十一月十一日右宅地五百一坪三合はそのうち一坪が分筆され、鉱泉地に地目変換され、同鉱泉地の地番は同番の四となつたこと、

又本件温泉の湯が別府市大字別府字境下一、二九〇番地の一宅地内所在の原告家屋へ引湯される施設になつていること、はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで右争いのない事実と、成立に争いのない甲第四、第十四号証の記載、証人松村セツ、同吉松一二、同道吉源三郎及原告本人の供述によつて成立を認め得る、甲第一乃至第三及第五号証の記載、右証人松村セツの証言により成立を認め得る甲第八号証の一、二、三、第九、第十号証の記載、並前記各証人の証言及原告本人、被告本人(一部)尋問の結果、検証の結果、鑑定人吉村英彦の鑑定の結果と、

当裁判所に顕著な、「別府地方におけるいわゆる温泉権が温泉湧出地(鉱泉地)より引湯使用する一種の物権的権利で通常鉱泉地の所有権と独立して処分せられ、これが処分は意思表示のみを以てなされる地方慣習法の存する」事実を合せ考えると、

(1)  前記太田紹緒が別府市大字別府字境下東雲通り二丁目一、三〇九番地の四鉱泉地一坪(分筆前は同番地の一宅地五百一坪三合のうち)を掘さくした月日は昭和五年九月頃であること

(2)  右太田紹緒が右温泉(本件温泉)について取得した温泉権は泉源地である鉱泉地の土地所有権とは独立したもので右鉱泉地(温泉湧出地)より引湯使用する一種の物権的権利であること、

(3)  右太田紹緒は右温泉掘さく直後その湧出口のマンホールに四本の鉄管を取付け、この各鉄管より等分に温泉の湯が流出するように施設したこと、

(4)  そしてその頃同人は右四本の鉄管のうち一本より流出する温泉を訴外富士見町共同浴場(東雲共同浴場とも称する)へ引湯使用することを承諾して、同浴場に右温泉権の四分の一の持分を無償で譲渡し、爾来同浴場は今日まで引続き引湯していること、

(5)  又右太田紹緒は昭和六年九月一日更に他の一本の鉄管より流出する温泉を引湯使用させるため、訴外田川治吉郎に代金九百五十円で右温泉権四分の一の持分を譲渡し、右田川治吉郎は右温泉を別府市大字別府字境下東雲通り二丁目一、二九〇番地の一の同人の居宅に引湯使用したこと、

(6)  更に太田紹緒は昭和十年一月三十日本件温泉湧出口に取付けた前記鉄管のうち一本より流出する温泉を引湯使用させるため訴外加藤嘉幸に代金千円で右温泉権四分の一の持分を譲渡したこと、

(7)  しかして右太田紹緒は以上のように譲渡した持分の残りの本件温泉権四分の一の持分を自己に存置し、本件温泉掘さく以来その湧出口に取付けた鉄管のうちの一本より温泉を引湯使用していたが、これを昭和十二年五月十三日同人所有の家屋及敷地賃借権とともに被告の先代入江順太郎に売却譲渡したこと、ついで同人の死亡により昭和十六年十二月六日被告が相続により右温泉権四分の一の持分を取得したこと、

(8)  そして、前記田川治吉郎が取得した本件温泉権四分の一の持分は、昭和十五年十一月一日同人より訴外武田茂勇へ、更に昭和十七年四月十三日同人より訴外上条桂次郎へ、順次譲渡され、同人の死亡によりその相続人上条ミヨが共同相続人との遺産分割の結果右持分を取得し、更に同人は昭和二十八年六月十三日これを原告に譲渡し、原告は本件温泉権四分の一の持分を所有するにいたつたこと、

(9)  又前記加藤嘉幸が取得した、本件温泉権四分の一の持分は昭和十六年三月十九日同人より訴外松村セツへ、更に昭和二十七年六月七日同人より訴外戸畑市信用金庫へ順次譲渡されたこと、

(10)  しかして本件鉱泉地に対する税金は温泉掘さく以来毎年温泉権持分権者四人が右税金を四等分して各その一宛を負担し、右鉱泉地所有者である前記野田幹雄方に持参して支払つていたこと、

をいづれも認めることができる。右認定に反する被告本人尋問の結果は前顕各証拠に比照して措信できない。

三、被告は仮に原告が本件温泉権の四分の一の持分を有するとしても、右持分について、原告は右持分の登録をしていないから右持分を以て本件温泉権全部の所有者として登録のある被告に対抗できないものであると抗争するので按ずると、

成立に争いない甲第十四号証の記載によれば、鉱泉台帳(明治四十五年六月五日大分県令第三十二号鉱泉取締規則、同月二十五日大分県鉱泉取締施行細則)及び温泉台帳(昭和二十四年十一月一日大分県訓令第十二号温泉法施行手続)には本件温泉所有者は太田紹緒で昭和十二年五月十三日同人より入江順太郎に名義変更され、更に昭和十六年十二月六日相続により入江ジツ(被告)に名義変更された旨の記載があることが認められる、

しかして、本件温泉権は前段認定の如く物権的権利であるから、その権利の性質上民法第百七十七条の規定を類推適用し第三者をして、その権利の変動を明らかにするに足るべき特殊の公示方法を構じなければ第三者に対抗し得ないものと解すべきである、そして前記台帳に登録のあるときは本件温泉権取得を第三者に対抗できる要件を履践したものと言わなければならない。

しかしながら前段認定のように被告の先代入江順太郎は前記太田紹緒よりその所有する本件温泉権四分の一の持分の譲渡を受けたに過ぎないものであるから、前記鉱泉台帳或は温泉台帳の記載には右入江順太郎が本件温泉の全部の所有者で、更に被告がその相続により右温泉権全部を取得した旨の記載があるからと言つて、これにより右入江順太郎或は被告が右温泉権の全部を取得し得るものでないことは勿論であるばかりでなく、被告は原告の右登録の欠缺を主張し得べき第三者ではない、なんとなればそもそも民法第百七十七条の規定は他人の登記欠缺(本件では登録欠缺)を主張することにより権利が取得され得べき干係にある第三者を保護しようとするものである。そこで本件被告は原告の登録欠缺を主張することにより本件温泉権全部が被告に帰属すべき干係にあるものでないから被告は右欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者でないと言わざるを得ない。従つて被告の右主張は採用できない。

四、ところで被告は原告の本件温泉権の持分を否認し、本件温泉の流出口を閉塞し、原告が右温泉を別府市大字別府字境下一二九〇番地の一の宅地内に引湯使用することを妨げたことは争わないから、本訴請求中、原告の被告に対して、本件温泉権四分の一の持分を有することの確認と、原告が右温泉湧出口より右原告居住の宅地内に右温泉湧出量の四分の一の引湯使用をなすことの妨害禁止を求め、且右鉱泉権行使のため同市大字別府字境下一、三〇九番地の四の本件鉱泉地一坪内に設置してある設備の修繕清掃等の必要上同地内の立入りに対する妨害の禁止を求める部分は正当であるから、これを認容し、右部分を超える部分は失当で棄却を免れない。そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文の通り判決をする。

(裁判官 中西孝)

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